コンセプト
幼児教育のカテゴリーでペットが語られることはあまりないかも知れませんが、
母親が幼児を可愛がることと、飼い主がペットを可愛がることは、似ているように見えて、
全く別のものだと思うのです。
でも、ペットのいる家庭に赤ちゃんが生まれたり、
赤ちゃんがいるご家庭でペットを飼ったりすることはあるでしょう。
幼児教育としてペットを取り入れることは、
両方可愛がることで共通点がある、
というよりは、ペットを社会学として考え、
ワンちゃんやネコちゃんの動物といっしょに暮らす智恵であると思います。
もはやペットは家族の一員に
たちを朝夕多く見かけます。
公園で犬を散歩させている人
このページを見ていらっしゃる
あなたもそうでしようか。
ワンちゃんは可愛いですね。
いま空前のペットブーム、
といっても、
犬は昔から人々の暮らしと共にいました。
一昔前と少し違うのは、愛玩用の小型で、愛らしい品種が多くなっていることで、
都会では当然のことかも知れません。
ある調査では、
首都圏で発売されているマンション約7万5千戸のうち、
約7割が「ペット可」になりました。
2000年まではわずか3%にすぎなかったといいます。
賃貸マンションではまだ少数ですが、
ペットはもう都会でも家族の一員になっているといえます。
ペットのオーナーのマナーが大切
ペットと暮らせるマンションには、ペット用の配慮や施設が充実してきています。
ドア周りでは、開閉時に便利なリードフックや、犬が開けにくいドアノブ、
飛び出しを防ぐサクやいたずらされにくいコンセント、
キズつきにくい床材や壁紙などです。
散歩の行き帰りに便利なうんちダストや足洗い場も用意されています。
ペットが苦手な人との同乗を避けるために、ペットサインつきエレベーターもあります。
いま、ペットのオーナーに大切なことは、ワンちゃんを可愛がるというより、
社会的に共存できるマナーや気配りなのでしょうね。
ペット市場も目を見張るばかりで、トリミングをしてくれるペットの美容院、
ペットホテル、ペットを連れていけるカフェ・レストラン、
ファッションやアクセサリーのペットショップや動物病院などが増えました。
スーパーやDYIショップには1列以上のペットコーナーがあるのが普通です。
そして、ペットを買うのはいまやインターネットなのです。
会ったこともないペットがクリックひとつで家族の一員になってくれます。
野性があるから、子供にやさしい
「飼い犬に手を噛まれる」という言葉がありますが、
古くから犬が家族の一員であった欧米ではあまり起こらないことらしいです。
もっとも日本も、ペットが小型の品種が多くなって、あまり聞かないようになりました。
愛玩用のワンちゃんは、小型の可愛い犬でも、もともと狩猟系が多く、
可愛さとともに、狩猟する野性の本能との両方を備えています。
子供が大きくなって、犬と語り合えるのは、どちらかというと、
犬の持っている野性の面に本来の姿があるように思います。
いまのペットブーム以前の、あなたの親や、その親の世代は、
たいてい飼い犬は子供と同じか、それ以上に大きな体をしていて、
しかし、子供もなじむ存在でした。
飼い犬が人に危害を与えるような事例があったかもわかりませんが、
怖い存在の野性があったからこそ、子供と犬は同じ目線、同じ言葉を持って、
分かり合おうとして友だちになれた面もあります。
幼児にとって、ワンちゃんは、多くのことを学ぶ命のあるおもちゃ以上に、
心を通わせる友だちであるのかも知れません。
動物には文化がある
ペットと暮らすことは、幼児を育てることに比べれば、ラクなことかも知れません。
人はなぜ、ペットを可愛がるのでしよう。その答えになるテキストのひとつが、
ウォルト・ディズニーの漫画映画に見られる、動物の仕草や表情にあります。
ウォルト・ディズニーの漫画映画には、多くの動物たちが登場しますが、
人の心を捉える秘訣は、動物の体の動きや性格や表情の徹底した観察と、
デフォルメしておもしろく見せるデザインにあります。
「トムとジェリー」の、追いかけるネコと追いかけられるネズミの、
ときにネコを手玉に取る利巧さ、
すっかりエンタテイメントの顔になったミッキーマウスやドナルドダック、
漫画映画の金字塔「バンビ」、ダルメシアンを知らしめた「101匹ワンちゃん大行進」
など、ディズニーの映画や東京ディズニーランドには、
多くの愛すべき動物たちと、その文化があります。
渋谷駅で待ち合わせる目印になっている秋田犬の忠犬ハチ公、
飼い主を事故から守って3本足になった盲導犬サーブ、
犬橇として南極に連れて行かれて残されて次の越冬隊員を待っていたタロとジロ、
テレビ映画でヒットした「名犬ラッシー」など、
人と共に暮らした犬には多くの文化があります。猫だって、ひけをとらないでしょう。
『我輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。』
夏目漱石の「我輩は猫である」の猫が自由に出入りした猫のくぐり戸は、
いま犬山の明治村にそのまま残されています。

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