コンセプト
こおろぎ、くつわむし、カンタン、カネタタキなど、秋の夜、マツムシ、スズムシ、
秋の虫がさまざまな音色を合奏している場面に最近出会った
ことがありますか。
都会では恵まれませんが、
昔の田舎の夜の叢は秋の夜を鳴き明かす虫のコンサート会場だったのです。
逆に、いまは都会で出会う
奇妙な風景に、
近くの公園などで夜に鳴く蝉の声があります。
街路灯などで夜も明るいので
昼との区別がつかなくなって鳴いているのです。
都会生活の中で夜の闇の世界はだんだん少なくなっています。
闇というネガティブな言葉と
セットで幼児教育のコンテンツは変だとお思いになるかもしれません。
しかし、朝日とともに目覚め、
夕方にはお家に帰るいまの幼児たちは、闇を知らないのですが、
地球の暗闇の世界には生命がうごめいています。
ちょっと危険な闇の世界を覗いてみます。
夜の森は生きている
「闇の商人」とか「心の闇」とか、闇はたいがいネガティブな概念です。
しかし、大人も子供も眠っている夜の時間に地球上には、
夜になると目覚めて動き出し、獲物をあさる、弱肉強食の生き物の世界が出現します。
誰でも知っているネズミやコウモリ、ムササビ、フクロウなどは夜行性の動物ですが、
それを狙う蛇、豹、虎、鰐、熊、狼の種類などの猛獣も夜に活動します。
夜行性の動物を見てもらおうと、名古屋市の東山動物園では、
夜、動物に餌を与える作業や木に登る動物など、泊りがけの「オータムスクール」や、夜8時まで開園する「ナイトZOO」などの企画を行ってきました。
日中は熱さでぐったりしていたインドサイなど夜行性の動物が活発に動き回る、
ふだん見られない光景に子供たちもびっくりです。
闇の中の魑魅魍魎
飛騨の山中で一夜の宿を借りた僧が
妖艶な女性に出会って谷川に誘われていくと、
夜の闇にうごめく獣や虫がいっせいに
騒ぎ立てる――
魑魅魍魎の心象風景と現実が交錯する
「高野聖」。
泉鏡花が幼少の頃に育った、
遊郭に続く石段の「暗闇坂」なども
モチーフになっているのかもしれませんね。
木々が何かを囁くように迫ってくる
魑魅魍魎が跋扈するような夜の森を、
いまの都会の人はとても怖くて歩けませんね。
倉本聰さんの「闇の教室」
劇団「富良野塾」を主催している作家の倉本聰さんが
北海道の富良野に移り住んだ
初めての夜、
手違いで電気が通じておらず、真っ暗な中で、辺りに潜んでいる物の怪のような気配におびえながら恐怖の一夜を過ごした
気持ちが「闇の教室」という
体験プログラムになりました。
視覚障害者の案内で、
漆黒の闇の中を手探りで、
見当を頼りに歩き、
ふだん忘れている感覚を取り戻そうとする活動で、ガイドの声を頼りに、
地形の判別できない森や岩場を歩くのです(朝日新聞、2007年10月7日)。
人の意識の中には暗闇をしのぐ心構えもあるはずだし、
暗闇を知ることで、ほんとうの明るさもわかります。
恩田陸さんの「夜のピクニック」
作家・恩田陸さんの「夜のピクニック」は、
第2回本屋大賞、第6回吉川英治文学新人賞などを受賞して、映画にもなりました。
母校の茨城県水戸第一高等学校で行われている
夜の強歩大会がモデルになっています。
小説では卒業を控えて、1年に1度行われる、24時間をかけて80キロを
夜を通して歩く伝統行事に、密かに思う女の子に声をかけられるか、
との願いがストーリー仕立てになっていますが、夜中に歩き続ける、
はじめはうきうきした気分、やがて疲れや闇の中での心理の変化が
描写されています。人の心も開放されて、
入れ替わり立ち代りいっしょに歩く級友たちと、
いままでしなかった話題で盛り上がりながら暗がりを歩くのです。
水戸第一高等学校の「夜のピクニック」
朝日新聞社の記者が、その水戸第一高校の、1000人がグラウンドから出発して、
70キロを歩いて学校に帰ってくる、59回目の「夜のピクニック」に
白いジャージーを着て参加しました。(朝日新聞、2007年10月12日)
稲刈りが終わった、のどかな農村地帯を出発して、
サツマイモ畑の中を夜が更けて歩き続けると、高校生たちに、
教室ではしないたぐいの恋愛話などが歩きながら盛り上がります。
仮眠をとってまだ明けきらないうちに母校をめざす頃、
高校生たちは完歩をめざして話もはずみ、「みんなで夜歩く」という
それだけの行為に感慨も沸き起こってきます。
しかし、また疲れや足の故障や夜の恐怖や集団としての支え合いなど、
さまざまな意識や感情がつなぎ合わされて進行します。
参加した記者も一度バテたといいます。
この活動の裏には途中の安全や清掃を兼ねた委員の配置や気遣いがあり、
それだけに無事に長続きしているのでしょう。
茨城県の全日制高校111校のうち、いま「夜ピク」を行っているのは17校で、
この学校は一番長い距離を歩きます。
集団行動なので、夜の闇を一人出歩く恐怖とはちがいますが、
普段できない経験は子供たちにいままでなかった意識や思いを
もたらせてくれるにちがいありません。

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