大地の上に立って くらしていますが、私たちは地球の引力で、
地球の表面は土や岩石に
覆われている、
ということにふだんはあまり
思いを馳せません。
そこには川があり、海があっても、地球の表面は土なのです。
私たちが生活している
都会の地面はアスファルトで
覆われて、
街路樹も少しばかりの土を太陽に当てているだけで、
土はもはや太陽から遮られてしまっています。
土壌の中には地球を生存させているさまざまな生物や微生物、
細菌やバクテリアなどの命が
活動しています。
人間の生活や文明は、
土と大きくかかわりあっています。
土が地球の命にとって肌で
あるように、人は土から
命とくらしをいただいています。
幼児教育として土をテキストに
することは、人が土を通して、
地球や命とつながっていることを体験することです。
裸足で砂浜を歩くとき、泥の中に足を沈めて田植えをするときに、子供たちも、
しらずしらず命を得ている土のぬくもりと凄さを感じるはずです。
ネイティブ・アメリカンとカトリックが融合した土の教会
アメリカのニューメキシコ州に、地面から泥の塊が立ちあがったかのような、
土でできた33メートルのサン・フランシスコ・デ・アシス教会があります。
日干し煉瓦が軸にありますが、崩れてくるために、泥で分厚く塗って、
壁の端々にもっこりと泥の山が支えています。もう200年前に作られた奇妙な建物です。
建物全体が泥を固めた、赤茶けた土と同じ色、鋭利な輪郭はなく、
どこを見てもボテッとした重量感と柔らかさがあって、
気紛れにつくった大きなオモチャみたいです。
アメリカ南西部の乾燥地帯のネイティブ・アメリカンのブエブロ族は日干し煉瓦で
つくった泥の家に住んでいました。
神は地下にいると考えていたプエブロ族と、神は天にいると考えるカトリックの、
メキシコのマヤやアステカ文明を滅ぼしたスペイン人との混合が生み出した泥の造形です。あまりにも奇想な建物はジョージア・オキーフを捉えて、水彩画によく描きました。
新潟県糸魚川市にある谷村美術館もこの教会に想を得ています。
(朝日新聞2008年1月20日)
いぶし銀の甍の波
♪いらかの波と雲の波、重なる波の中空を
たちばなかおる朝風に、高く泳ぐや鯉のぼり
緑の風がさわやかにわたって、身も心もすがすがしくなる初夏の風景です。
日本の住宅の町を象徴するものは瓦です。
屋根には土を焼いてできた瓦を1枚1枚重ね合わされています。
瓦は雨や雪や風や太陽からくらしを守っています。
1995年の阪神淡路大震災で壊れた多くの民家が
瓦屋根の重みに耐えられなかったことから、
和風の淡路瓦の2億2千万枚の生産量は半分以下になり、
これを機にハウスメーカーの軽いスレート屋根にとって代わられました。
しかし本当は瓦のせいではなく、現代の住宅の構造が屋根の重みを支えることが
できなかったほど軟弱だったということがわかっています。
昔の農家の厨に渡された太い梁を、黒光りする大黒柱などの強固な建築が
瓦屋根を支えていたのです。
幼い頃、空襲で焼けた実家にくすぶる瓦の魅力にとりつかれて、
カメラマンからカワラマンに転身して、土をたたき固めたダルマ窯に薪をくべて瓦を焼いて、
いぶし瓦の復活に取り組んでいる山田ゆう二さんは、
ダルマ窯で焼いた瓦には大量生産にはない焼きムラがあり、長年の風雪で味わいも出る、
と言っています。工業化社会で失われた土の魅力こそ人のこころを潤す文化ですね。
(朝日新聞2008年1月15日)
身障者の動物たちが年度のアニメに
「動物園のくらしは快適ですか」というインタビューに応えるアニメのキャンペーンが
イギリスでひろまっています。
登場するのは、車いすのブルテリア、ダックスフント、ハリネズミ、ナメクジ、松葉杖のカメ、
杖をつく昆虫ナナフシの動物キャラクター。
すべて身障者で、
「車いすでは何もできないと思わないで」
「子供にお菓子さえ買ってあげられない」
と訴えます。
この動物たちすべて粘土でできているアニメです。
「ウォレスとグルミット」で有名な
「アードマン・アニメーションズ」が
身体障害者との50時間にも及ぶ会話から印象的な言葉を選びました。
テレビやパソコンでスピーディでエキサイティングな映像を見なれた人たちに、
粘土をひとつずつ丹念に動かして撮った映像がしみじみとした感動を与えているのでしょう。イギリスでは身障者の約9割の人が差別を感じていることを背景にした啓蒙活動で、
アカデミー賞も受けました。(朝日新聞2008年1月12日)
瀬戸内寂聴さんの土の仏さん、土の野菜
豊饒な文学の世界から、天台寺での信心の世界へと、「生きることは愛すること」を貫いて
多くの人の心を捉えている瀬戸内寂聴さん。
2007年に開催された瀬戸内寂聴展にほれぼれする手作りの土の世界がありました。
68歳になってから始めたという土仏は手の平に乗るほど小さくて可愛いものですが、
平安をたたえてユーモラスに満ちています。
「小説を書いた出家として、仏さまにほめられるかもしれない」。
法話の合間に出版社の、原稿を待っている編集者をよそにとっさに作ってしまったという、
粘土の野菜は、かぼちゃ、洋梨、さつまいも、ピーマン、なす、きゅうり、にんにく、
ほおづき――彩色も施され、土の恵みが凝縮されて、見る人を和ませてくれる、
瀬戸内寂聴さんの愛情と遊びごころがあふれています。
いま徳島県立文学書館にあるということですが、
「土」がどんなにやさしい命と造形力を秘めているかを象徴しているようです。

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